地方自治体は大河ドラマの夢を見る / 大河ドラマは誰のものか?

あけましておめでとうございます。
今年もプブリカをよろしくお願いいたします。

年が変わって新しくはじまるものの一つにNHKの大河ドラマがあります。
今年は「平清盛」。平安時代を扱った大河ドラマは数少ないですし、去年の大河が全てにおいて悪夢のようなクオリティの三姉妹コメディ(あくまで私の個人的な感想ですw)だったこともあわせて、今年こそは面白いに違いないと期待して初回の放送を観ました。
実際、時代背景や平氏(や源氏)の当時置かれていた位置、そして清盛がどのような人間関係のもとで生まれ、育つのかを(悪夢のようだった昨年の三姉妹ものとは違ってw)きちんと登場人物の年齢設定にあった子役を使って丁寧に描いており、初回の実質的な主人公だった中井貴一(父の忠盛役)の安定した演技もあって、個人的にはとても満足しました。
視聴率こそ大河歴代ワースト3位だったものの、これなら次回以降も期待できるというものです。

ところが、放送日の2日後、この大河ドラマ「平清盛」にたいして思いも寄らないところからクレームが入ります。兵庫県の井戸敏三知事がNHKに対してドラマ映像・演出の再考を申し入れる考えを示したというのです。

大河ドラマ「画面が汚い」 井戸知事が苦言
兵庫県の井戸敏三知事は10日の定例会見で、NHK大河ドラマ「平清盛」の初回視聴率が関東地区で17・3%と過去3番目に低かったことを受け「画面が汚い。あんな鮮やかさのない画面では、日曜日の憩いの時間にチャンネルを回す気になれないだろう」と苦言を呈した。
兵庫県は清盛ゆかりの地として、神戸市などとともに観光キャンペーンを展開している。(中略)
井戸知事は、番組の人気が出なければ観光キャンペーンの効果に影響が出るとの認識を示した上で、「番組とタイアップしながら観光客誘致を進めていきたいと考えている。今後はもっと華やかで生き生きとした、清盛らしさを強調するようなドラマ展開にしてほしい」と話した。

他の報道などをみても、「画面が汚い」「大河の人気、不人気は観光に影響を与える」「ドラマ映像・演出の再考を申し入れる」などといった趣旨の発言を行ったと報じられています。
とはいえ、最近はマスメディア発の情報に対する信頼度も揺らいできているので一次ソースがないか漁ったところ、この定例記者会見の動画がネット上にあがっていました。
関連する部分だけ見てみましたが、毎日新聞の記者の質問に答える形でおおよそ報道の通りの発言をしていたものの、全体が記者にリードされる形での笑いながらの回答であり、「個人の感想」という枠を出ている発言には感じられません。「これからのドラマ展開に大いに期待したい」と締めるなど、報道から感じられるような「苦言、強い申し入れ」といった印象を私が受けることはありませんでした(後述するように、「だから何の問題もない」という話ではないです)。

こうした小さな話題の中でもメディアの「編集が持っている力」みたいなものを痛感したわけですが、ここでとりあげてみたいのはそちらのほうではありません。それは、地方行政のトップである知事が、要するにただの個人的感想であれなんであれ「圧力」になってしまう可能性の高い立場の人間がこうした言及をしていいと思ってしまうような、「大河ドラマと地方自治体」との関係とはなんなのだろうということです。

まず前提かつ(いきなりの)結論としなければならないことは、地方にとって大河ドラマは、いまだに「全国放送を一年にわたって占有できる、ありえないほど大きな地方活性化策」として捉えられている、という点です。

近年こうした経済面での地域活性化的な意味合いで成功した大河ドラマは一昨年の「龍馬伝」でしょう。日銀高知支店によれば、「龍馬伝」による高知県への経済波及効果は最終的には535億円と試算されています。例年、「日銀の地方支店」によって前年の大河ドラマの県内への経済波及効果が発表され、その結果が軒並み100億円以上となっているところを見ても、大河ドラマというコンテンツが地方にもたらす経済効果には大きなものがあります。

そしてこの「経済効果」をめぐって、昔から全国各地で大河ドラマの誘致合戦が繰り広げられています。多くの自治体で様々な誘致活動が展開されているのですが、Web上でも参照しやすい近年の例では、

などが各県内広域で連携し、活発に運動をしているようです。

ここで注目すべき点は、大河ドラマの誘致活動に当たっては、その取り組みのほとんどで地元観光協会などとともに「地方自治体が主体的な役割を果たしている」というところです。
Web上での情報も充実している、京都府の「NHK大河ドラマ誘致推進協議会」(明智光秀、細川ガラシャ)を見てみると、その構成団体には観光協会や商工会が並ぶなか、地方自治体の名前が先頭に立っています。
つまり、大河ドラマ誘致というのは「大がかりな地域活性化策」として、地方の「政策」として位置つけられていると言っていいでしょう。

こうした「大河ドラマ誘致」と同じ文脈で思い出されるのが、映画「男はつらいよ」シリーズのロケ誘致です。
いうまでもなく、「男はつらいよ」は1969年から1995年にかけて制作公開された、渥美清主演の映画シリーズです。テキ屋稼業で日本全国を渡り歩く寅さんにあわせて、このシリーズでは日本各地でロケが行われ、その風景が映画の中で美しく描かれました。
映画での宣伝効果などを期待して、全国各地の「寅さん誘致」競争は熾烈を極めました(富山で「男はつらいよ」ロケの誘致を目指した方についてのasahi.comの記事など参照)。「男はつらいよ」シリーズは96年の渥美清の死によってその歴史が終わるわけですが、全48作の中でロケがなかった県は高知、埼玉、富山のわずか3県だけでした。その重複の少なさからも、いかにロケ誘致争いが熾烈を極め、また関係者が配慮していたかが伺えます。

この文脈で地方自治体(を中心とした各団体)による大河ドラマ誘致を観光等における「地域活性化策」として考えてみると、そこでの問題は大きく次の2点になると思います。

  • 誘致を狙う自治体同士の競争は「過剰」であり、コストがかかるのみならず、その結果は運に頼らざるを得ない
  • 誘致自体が目的となるため、誘致に成功すればそれでほとんど終わりとなる

初めの点については言うまでもないでしょう。なにしろ大河ドラマは一年に一作品しかつくられません(寅さんでさえ、基本的にはお盆と正月の年2回公開でした)。結果、必然的に誘致に勝ち残る倍率は低く、競争は激しくなり、ほとんどの地方は敗れることになります。はたしてこの成功確率の極端に低い、宝くじ的な過剰競争に参入することが、本当に現実的な地域活性化につながっているのかは考慮する必要があるでしょう。
さらに、地方自治体の活動としてこの誘致合戦が行われているということは、そこにはいうまでもなく税金が投入されているということです。だとすれば、そこには「夢」だけではなく、他の地域活性化策と比較した上での現実的な費用対効果がきちんと考慮されなければなりません。
また政策として捉えた場合、NHKという公共放送(市民の受信料によって支えられている)の1コンテンツに対して、その「誘致」に今度は行政を通して税金が使われているという状況は、少しばかり倒錯的であるようにも私には感じられます。

2点目は、つまりこれがあくまで「大河ドラマ」の誘致であり、それ以上ではないことです。
当たり前の話ですが、大河ドラマというコンテンツを制作するのは地方自治体ではなく、NHKです。一ドラマとして考えた場合、その脚本や演出、そして視聴率に責任を負うことができるのはNHK(の中の人)だけであり、ドラマとしての意志決定に地方自治体が関与する余地はありません(地方の意見が関与する、その圧力を制作側が感じることの弊害の一例として、「天地人」に山形の大大名である最上義光が登場しなかったことがある。こちらを参照)。誘致に成功した後に地方活性化策として地方自治体等にできることと言えば、ロケ協力は別として、せいぜいのところ大河ドラマの放送期間中に関連した歴史の催し物を開く、名所のにぎやかしツールを整備するなどといったPRを展開することくらいでしょう。
要するに、大河ドラマ誘致という地域活性化策は自分たちがコントロールできないコンテンツに全面的に依存するという性格を持っているわけです。

ここで冒頭の兵庫県知事の発言に戻ってみましょう。
もちろん「ドラマづくりのシロウトが、演出や脚本に対して、政治的権力を背景に注文をつけた」という致命的な読み取られ方をしたという点で、知事の発言はすでに問題です。ですが、地域活性化政策の責任者でもある首長としての問題点は、まず第一に、こうした大河ドラマと地方自治体との関係性を十分に理解していないように読み取れることです。上述の問題の2点目をきちんと理解せず、あたかも「投資/回収モデル」で大河ドラマを語ってしまったこと。それこそが地域活性化に対する意識レベルの低さを表しているわけです。
また、細かいところに立ち入ってみれば、「画面が汚い」という知事の発言は「町や風景をきれいに映してくれなければ観光につながらない」という意識を前提にしているようにみられます(実際、先の産経新聞の記事などはそうした書き方になっています)。しかし実際には、先に近年の成功例として挙げた「龍馬伝」なども「画面が汚い」演出を多用していたわけで、ホコリ系の演出とドラマとしての成功には何ら必然的な連関はありません。むしろ、こうした知事の発言がほとんど「男はつらいよ」誘致の時代の認識と何も変わっていないこと、「主人公と共にきれいで懐かしい地方の風景や食が映し出されるのがよい」という認識を垣間見させることが問題なのです。

——-

論としてはここから、

  • 「男はつらいよ」シリーズ以降の、映画と地域活性化策とが交錯する領域としての「フィルム・ツーリズム」の浸透をとりあげ、
  • そこから現在の「コンテンツ・ツーリズム」の流行を、いわゆるマンガ・アニメファンによる「聖地巡礼」や「歴女」などの一般認知化などから考えるという道筋をたどることで、
  • 再び大河ドラマと地域活性化についての考察に戻ってくる

という道筋を考えていたのですが、新年早々だいぶ文章が長くなってしまいましたのでここらへんでお茶を濁すことにします。
いずれにせよ、コンテンツによる地域活性化というのは今後ますます重要となるテーマです。機会があればまた続きを考えてみたいと思っています。

 

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